オスマン帝国とサファヴィー朝!イスラ国家の数々

オスマン帝国とサファヴィー朝!イスラ国家の数々

オスマン帝国とヨーロッパ

オスマン帝国・・・トルコ人が建国した巨大な帝国
キリスト教勢力との戦い

難攻不落のコンスタンティノープルを1453年に占領
これにより、千年以上続いた伝統ある東ローマ帝国(ビザンツ帝国)が滅びた。
コンスタンティノープルは、以後イスタンブールと呼ばれる。

マムルーク朝を征服してエジプト、シリアを併合
これにより
地中海世界とインド洋を結ぶ交易と富を独占

・帝国の最盛期・・・スレイマン1世
ハンガリーや北アフリカを征服して最盛期をつくった。

レパントの海戦・・・1571年、オスマン帝国VSスペイン
→スペインに敗れる
スペインと世界の覇権をめぐり、しのぎを削る。
戦いには敗れたが、ヨーロッパ諸国にとって脅威であることに変わりはなかった。


オスマン帝国の社会
・言語や宗教の異なる諸民族

諸民族に対して、ゆるやかな統治を行う。
(例)キリスト教徒やユダヤ教徒に自治を認める

・イスラム社会では、建築、天文学、数学が発展

イェニチェリ・・・キリスト教徒をイスラム教に改宗させた常備軍
          当時最強の部隊であった
17世紀末以降
ロシアやオーストリアなどのヨーロッパ諸国の侵攻で陰りが見え始める。
オスマン帝国は第一次世界大戦の敗北で滅亡する。

サファヴィー朝
シーア派を国教とするイラン人の国
アッバース1世・・・最盛期を現出、衰退しつつあったサファヴィー朝を立て直す。
首都・・・イスファハーン
東西貿易の要所としてイスファハーンは

「世界の半分」と呼ばれるほど繁栄





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